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また歩き出すのに遅くはない












TV番組の「世界の果てまでイッテQ!」で、イモトアヤコの南極ロケを放送した時の事。
記憶が曖昧なのだが、ゲストで草刈正雄が出演していて、その中で「僕も南極行った事がある」とぼっそっと言った時にその理由を知っている視聴者は、このコロナ騒ぎが始まった時に、あの時のイッテQ!を思い出したのではないかな?と想像した。




僕が生まれる前に書かれた、言いようによっては古典SFの部類に入るかもしれない作品「復活の日」
巨匠小松左京の長編小説だ。

元走り屋の僕にとって右京と言えば片山右京。
大好きで、写真集までもっている(笑)

そして左京と言えば、まさに作家小松左京。

その小松左京の代表作「日本沈没」と肩を並べる「復活の日」は、角川春樹(元角川書店社長)が、この作品を映画化するために社長になったとまで言わしめた作品であり、実際に映画化に際しては破格の制作費が投入され、ほぼ全編実際の場所でのロケを行うという手抜き無しで制作されている。




物語の骨子となる舞台設計は、大きく分けると前半後半の二つに分かれるのだが、前半部は初めて読んだ時に、想像もしたことが無い設定でとても驚かされた事を覚えている。

この物語は、イギリスで開発された細菌兵器が諜報員によって盗み出されるところから始まる。
盗んだ細菌兵器を飛行機で国外持ち出しを行うが、その際、レーダーに掛からぬよう低空飛行を行うのだが、折しも吹き荒れる吹雪の中、閉ざされた視界の為アルプスの山肌に激突し墜落してしまう。

誰にも知られぬまま、盗まれた細菌兵器は雪山に消えてしまったのだが、春が訪れ、気温の上昇による雪解けとともに、アルプスに埋もれた細菌兵器が大気中で増殖を始める。

それとは知る由もないまま、原因不明の病が少しずづ流行り始めていく。
最初は新型インフルエンザかと思われていたが、心臓発作の変死が続き、抗体策もとれないまま、瞬く間に世界中に波及していった。

結果、人間のみならず地球上の脊椎動物が全て死滅してしまう。

ところが、世界中で唯一この細菌兵器の被害を受けなかった大陸があった。

南極大陸。

原因不明の病が蔓延する中、南極大陸はロックダウンされ、誰も上陸する事なくこの有事を免れる事となった。





映画版「復活の日」で、日本の南極観測隊員であり物語の主人公である地震予知科学者を草刈正雄が演じている。
リアルを追求するのに妥協が無かった作品故、当然のように南極が舞台の場合、南極でロケが行われた。
それも、40日間かかったそうだ。

そんな訳で、草刈正雄がぼっそと言った「僕も行ったことがある」は、実はかなりレベルが違う「本格的に行ってた」わけだが、いずれにしても今回のコロナ騒動が始まって連想したのがこの「復活の日」だったわけだ。

となると、実際に今のリアル南極大陸はどうなっているのか?

調べてみるとどこかで聞いたような話になっていた。

予想通り地球上で唯一コロナウイルスの感染が無い大陸となっている。
そして、これもどこかで聞いたような話だが、各国が南極にコロナウイルスを持ち込まないよう最善の努力を行っているようだ。
さらには、各国の基地がロックダウンされ、一切の行き来が禁止されているとの事。

もはや、リアル版「復活の日」だ。



復活の日のもう一つの骨子は、「核兵器」だ。

細菌兵器で死滅した世界で「核戦争?」と紐づかないが、トリガーとなるのが「地震」。
主人公に地震予知科学者を置いたのは、この設定を生かすためだ。

南極を除いて脊椎動物が死滅した世界で、大規模な地震が発生する可能性を主人公が察知。
この地震規模が核爆発並みであることで、人間の死後まだ稼働しているであろう国防コンピュータシステムが敵国の核攻撃と誤認し報復攻撃を開始する可能性があることが判明する。
その際、報復攻撃先に南極もターゲットになっている可能性があるため、死滅した世界に主人公達が向かい、国防システムを止める作戦を敢行する。

結果、地震は予測通りの規模で発生。
しかしながら、主人公達は国防コンピュータを止めるのが間に合わず、予想通り核報復攻撃合戦が意味もなく開始されてしまう。
そして、世界は二度死滅することになるのだった。


、、、的な話。




ちょっと笑えない。


ただ、物語は人類再生を思わせる前向きなエンディングを迎えるので、絶望的な気分で最後のページを読み終える事はない。

もしお暇があれば、映画か小説か、どちらかお手にとるのをお勧めしたい。

SFではあるが、スケールは日本離れをした世界に誇れる大作。
できれば是非、活字を追って頂きたい。












※大枠のイメージが掴める映画のテーマソング、、、、、さりげなく名曲


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正義はなくとも地球は回る



もはや、ブログタイトルとはゆかりもないが、大好きだから書く。


ブラックラグーンの新刊がリリースされた。

実に4年待った。
その前は5年待たされた。

一話完結ならいざ知らず。
話の続きが解らないまま過ごすには4年は長い。

けれども、恐らくは、多くのファンが文句も言わず書店に駆け込んだに違いない。

もはや、ご主人様の言いなりメイド状態だ。

僕もそうだ。
しっぽを振りながらレジに並んだ。

TOMパパさん。
どうやら神様は、ようやくベガスからご帰還したようです(笑)

201811210840214e8.jpg







よくよくみれば、発売日11月15日じゃん。
11月19日じゃ無いじゃん。

間違えて、4日も余分に待ってしまった、、、、。

まあ、4年も待ったから大したことないか(笑)















補足



ここからが、むしろ長い(笑)



本作品はクライム(犯罪)ストーリーだが、コアなファンが多いのか、TVアニメ化もされている。
TV放映されなかったエピソードは、OVA化され販売もなされた。


物語の舞台は、タイにある架空都市「ロアナプラ」。

その土地で「ラグーン商会」という、とってつけたような名前の運び屋を描いた物語だ。

主人公は「ネクタイを締めた海賊」と呼ばれる、元商社マンの日本人青年。
ロックこと、岡島 緑郎(ろくろう)。

ヒロインは、アメリカ国籍の中国人。
「トゥーハンド(二丁拳銃)」の通り名を持つレヴィことレベッカ・リー。


元々は商業誌に読み切り作品として掲載されたが、人気を博し、一年後に連載作品となった。

初だしの読み切りは、言ってしまえば、さして珍しくもない活劇ストーリーだった。

評判を呼んだのは、そんな痛快なストーリーではなく、恐らくは作品から汲み取れる二つの違和感だったのではないかと僕は想像している。


それは何か?


一つ目は、、、

物語に奥行きを与えるのは、登場するキャラクター達の設定が、どれほど練り込まれているかだったりする。

読み切りで登場したブラックラグーンは、まるでシリーズにある一時のエピソードを切り出したかのようで、登場人物達が不自然ながら、一切の説明もないまま展開されていく。

読者だけが、登場人物の生い立ちが解らないまま、彼らの物語を読まされる感覚だった。

「何かある」

そう読み解くことができ、そして、知らないストーリーを知りたくさせた。

もう一つ、、、


先述とは相反して、主人公のキャラクターのペラペラ感だ。
周りのキャラクターの骨太感と真反対で、場違いなほど練り込まれていないのが解る。

あまりにも気になったので、色々調べてみたことがあり、なる程なと言うゴールにたどりついた。

読み切りを商業誌に掲載するに当たって、編集側から「読者が身近に感じる登場人物をアサインすること」が、リクエストされたそうだ。

面白いのは、リクエストに対して大胆にも、主人公を後付けしたんだそうだ。

付け焼き刃感が否めないのは、どうやらそう言った事情からくるものだった。

結果論的には、後付けされた主人公が作品の広がりを担う役割となって、物語の質を高めている。

作風を一言二言でいえば、軽快で痛快な活劇ストーリー。
ウイットに富んだセリフの数々と、小気味良い展開を武器に読者を引き込んでいく。

但し、作品の本質はそこには無く、全編を通して語られているのは、不条理な歴史的時代背景の中で、抗えない立位置にもがき苦しみながら、自らのアイデンティティを貫かざるを得ない人々の悲しい物語が描かれている。

「正義はなくとも地球は回る」

ヒロインのレベッカ・リーのセリフだ。
物語の本質を一言で表している。


この作品の土台となる政治的時代背景と関連するキャラクターは、色々調べてみると、驚くほど事細かに設定されている。

取りわけ人気のあるエピソードの中に、ルーマニアの独裁者、チャウシスクが取った政策からの破綻産物である「チャウシスクの落とし子」を扱った物語は、直視できないほど物悲しい。

このエピソードのTVアニメ放映に際し、スタッフも特別な思い入れがあったのか、エピソード最終回のエンディング曲の流れるシーンにて特別仕様を用意し、一分そこそこの放映シーンにおいて、実に本編の半分に相当するセル画数を投入して制作している。


物好きファンの与太話を追加すると、ヒロインの魅力は逸品だ。

容赦無くひとを殺めていく。
そして、その行為の際の顔のおぞましく醜い顔は、他の追随を許さない。

僕はその顔の表現方法にも興味を持ったのだが、その謎も読み進める内に解ってくる。


まあ、好き物の深読みも否めないが、裏取りしても抜け目ない設定の数々は、良くできた小説の行間を楽しむに似て飽きさせない。

ここまでお読みいただいた方、ありがとうございます。

さあ、今すぐ書店にに走って下さい(笑)




付録

三分でわかるブラックラグーン↓






三人のイーダ














こんな風景をわたしは知っていた

生まれる前

そう
あの時 わたしは
ふたりを見ていた

そして確かに
このふたりを選んで
生まれてこようと
決めたのだ




こうの史代「夕凪の街 桜の国」より



夕凪の街桜の国2












「携帯変えない?」



奥さんが言う。

この四月、長男は中学生になる。

「中学になったらスマホを買ってもらうんだ」

長男も言う。
中学になったら買ってもいいよと、確かそういう約束で、それならいっそ、皆で買い直そうよということになった。



「家族割とか、安くなるんじゃないかな?」

奥さんはスマホを新しく買えると浮足立つ。

家族割?

僕は笑った。
気分転換には良いかもしれない。

何か、新しい事をするにはちょうど良い季節だと思った。








僕は新しくなったスマホの操作を覚える為に、一つ一つのアプリを確認していった。
その中の一つに、書籍類を読む為のソフトがあった。

今時はそうだよね、などと思いながらなんとなしにいじる。

所謂、有料書籍をネット購入し、スマホ内で購読する類のもので、とりたてて目新しいものではなかった。
けれど、ログインの初回特典として1,500円程のクーポンが貰える事がわかった。

「せっかくだし、クーポンで何か買っちゃおう」

毒になる事もないし、普段読まない作家の作品でも手に入れればよいやと、販売されている書籍をあさった。

「フィッツジェラルドかゾラでも買うかな、、、」

そんなふううに思いながら画面をいじくった。
いっそ、アダルト書籍でも買って気分転換でもするか?
悪戯心も働いて関連作品を調べたりもしたが、なんだか馬鹿らしくなって、再び一般作品群を無造作に閲覧した。


その中に、ちょっと心に留まる作品があった。
そっれはコミックで、そして知らない作家の作品だった。

今時のコミック画風は際限なく進化を続けている。
それに対して、時間が止まったかのように素朴で優しい画風の作品だった。

夕凪の街②



「こうの史代?知らないなぁ、、、」

そんな事を思いながら、けれど、自分の感性を刺激してくれるヴィジュアルやタイトルには、何も考えず従うのが良いことを僕は知っている。
こういう出会いは大概失敗しない。

値段も安いし、迷わず購入した。

そしてしばらく、読むことを忘れてしまっていた(笑)









僕が本を読むようになったきっかけは、以前にも書いたが松谷みよ子の「二人のイーダ」という作品を読んでからだ。

ふたりのイーダ②




簡単に言ってしまうと、主人公の少年が見知らぬ館に迷い込み、人の言葉を話す「椅子」と出会い、そしてその「椅子」が探し続けている「イーダ」という少女の謎を解き明かしていくという作品だ。
乱暴に言えばファンタジーなのだが、角度を変えると太平洋戦争を扱った反戦的な児童文学でもある。

イーダと呼ばれる少女は、8月6日に広島に行ったきり館にはもどらず、それいらい「椅子」はイーダを探し求めて館のある森の中を彷徨い続けていた。
流れ的に、少女は原爆にあいそのまま行方不明となっている。


直接的に、戦争の悲惨さや恐怖を扱った作品の場合、どうしても直視できなかったりもするが、作品の背景が太平洋戦争時代だった場合は、抗う事も無くその時代の苦悩を理解しようとする不思議さがある。
正直なところ戦争に対しては、「恐ろしく、悲しく、悲惨で、破壊以外の何物も生みださない行為」と認識できれば十分だと思っている。

だから、この「二人のイーダ」のように、恐ろしい戦争を背景に、けれど人の優しさが良く解る作品だと、相反して戦争の不必要さが理解できたりする。







こうの史代「夕凪の街 桜の国」は、原爆が投下されてから十年後の広島を舞台に始まる。

そこから3世代が3つの作品として描かれている。
すべての作品が原爆の日を起点とした一本の糸で、薄れる事の無い放射能の恐ろしさと、薄れていく戦争の悲惨さを紡いでいる。

夕凪の街



けれど、物語の世界は陰鬱ではない。
ごく普通の人たちの、朗らかで優しい日常を描いている。
さらには、ちょっとしたロマンスにもときめかされる。

優しい人たちって、なんて素敵なんだろうと、改めて思う。


華やかな物語は、両手に銃を持った無敵のヒーローと、類まれな美貌のヒロインに任せておけば良いのだ。
僕ら「その他大勢」は、そんな世界には興味が無い。






どうも、僕は世の中に対して疎いようで、この作品は多くの人に評価されているようだ。

十年程前には実写で映画化されているし、今年の夏にTVドラマとしてNHKで放送がなされるそうだ。

夕凪の街桜の国



なるほど。
世の中、優しい人がたくさんいるもんだな。





よかった。





バナナフィッシュはいなかったが、さえずる魚にうってつけな日






いくつかの偶然の面白さ。

シンクロニシティとはこういう事かもしれない。




職場の喫煙室。

先般の休日、何をしていたか?の話題。
ゴルフなりなんなり。

僕はと言えば、紅茶を片手にロシアの不倫小説を読んでいたよとうそぶく。




なんとなしに見ていたクイズ番組。
古い映像。
この人は誰?の問題。
僕は得意げに答える。

「トルストイ!」



休日。

洗濯物を干しながら、けれどなかなか終わらない事にうんざりして、なんとなしに書棚にあった漫画を手にする。

「アリオン」
アリオン



初代ガンダムのキャラクターデザインで名高い安彦良和の作品。

何の気無しに手にし、ああ、懐かしいとページをめくる。
ギリシャ神話を題材にした物語は、情念にあふれた神話らしく陰鬱としている。

一見の価値は、そのずば抜けた作画力。

明暗を巧みに使い陰鬱な世界観を表現しつつも、躍動感に溢れる構図の数々は、知らず引きこまれる冒険活劇に仕上がっている。
他に類を見ない技巧的な手腕はさすがの一言。

懐かしさもあって、久しぶりに読み直した。
今でも手に入るのだろうか?

余談。

本作品は所謂作画ペン(Gペンとか丸ペンとか)は使われていない。
すべて削用筆(さくようふで)という、主に日本画で使われる筆で書かれている。

ひとこまひとこまが絵画的であるのも見どころだ。




図書館。

めぼしい作品を探してウロウロ。
ポイントはフィーリング。

偶然の出会いによる一目惚れに一喜一憂するのも読書の楽しみだ。

とはいえ、その日は琴線に響くセクシークイーンは見当たらず。

仕方がないのでフランス文学コーナーへ。
いつか読もう、でもなんだか敷居が高いと敬遠していたゾラでも借りようかと思ってのこと。

ところが、幸か不幸かゾラの作品は一つもなく。


さて、どうしたものか?

若干、途方に暮れていた矢先、一冊の本が目に留まる。

「囀(さえず)る魚」

囀る魚


タイトルが斜めだ。
しかも表紙とタイトルから受けるイメージが一致しない。

フランス文学だけに洒落てるなと、その日はその本を借りることにした。





囀る魚。
アンドレアス・セシェ作。






結論を言ってしまうと、あまり面白くなかった。
あげく、この本はフランス文学ではなく、ドイツ文学だった。
書棚の戻し位置が間違っていたようだ。



実を言えば、借りたその日に読み終えた。
少々不思議な印象。

面白くないのに読むのをやめることができなかった。


インターネットでの書評を調べると、両極端に割れていた。
がっかりだと言う感想と、素敵だという感想と。


この作品はファンタジーだ。
舞台はギリシャ。
主人公の青年が、不思議な書店の不思議な女性店主と出会い、不思議な経験をして、一つの真実に到達する。
そんな物語。

この本のキャッチは、「読書好きの人の為の本」と言うことのようだ。

というのも、作中、50冊超えでの名だたる作品の引用が登場する。

それぞれの引用に共感したりもするので、なるほど読書好き向きかもしれない。

ちょっと笑ってしまったのが、トルストイが登場すること。
このあたりで様子が変な作品となるが、起承転結の「転」に位置する引用で、まあ、ファンタジーならでは。

登場したトルストイは代表作「アンナ・カレーリナ」の執筆に難儀しているという設定。
世界に名高い不倫小説だ(笑)

僕としてもきっちり書き終えてもらわないと困る(笑)

なので、主人公の行動に期待となった場面だ。


ドイツ文学でありながら、ギリシャが舞台なのにも意味があった。
若干のネタばれになるが、ギリシャ神話が不思議な物語の設定を成り立たせている。

残念ながらアリオンは出てこないが、、、(笑)


ネタばれついでに、もうひとつ。

本作品は、時間軸のずれた二つの物語が「同時並行」で進行する。
四次元的パラレルワールドをしれっと書いている(笑)

そして、同時平行する物語の主人公はコナン・ドイル。
言わずと知れたシャーロックホームズの作者だ。


ここまで書くと、設定の散らかり具合が、どう収拾されるのかが想像できないかもしれない。
けれど、とても優しい文章と物語の進行で、小学生でも楽しめる作品に仕上がっている。
何度も書くが、これはファンタジーだし(笑)


興味があればぜひ。

がっかりするか、夢中になるかは読み手しだいだ(笑)


丸の内でマルキ・ド・サディスティック





職場での飲み会。

僕はあまり参加することがない。
こだわりや事情があっての事ではなく、まあ、正直、興味もなく、、、、。

卑屈に言えば、僕がいてもいなくても地球は回るし。



その日、ほんの気まぐれで職場の飲み会に参加した。
大概、大人数であり、大概、勤務地の都合上、東京駅付近で行われる。


身の丈にあった座席を選び、宴会の席とはいえ借りてきた猫のように大人しく、チビチビとビールを頂く。


進行にあわせ、やがて皆座席を移動したりして、さらなる盛り上がりをみせる。

僕はといえば、移動も億劫なので根付いたまま淡々と過ごす。
つまらないと思うわけでもない。
単に、文字通り億劫なだけ。

大概そう。


けれど、この日、ほんの気まぐれで、別のテーブルに移動してみた。


入社2、3年目ぐらいだろうか?
若い女性社員の隣が空いていたので、グラス片手に席につく。
まわりも皆女性社員。

想定外の人が来た、、、という空気が漂って、ちょっと僕は笑ってしまった。
どう取り扱いしたらよいものか?という表情を汲み取り、僕の悪戯心に火がつく。

実際、普段話しをしたことがほぼ「皆無」の女性社員たち。
正直、名前もうろ覚えだった。


余談だが、僕は仕事と直接関係無い話を女性社員の方々とすることはほぼ無い。
逆に、男性社員とは、仕事中でもくだらない話などを楽しんだりする。
なので、僕に関するちょっとグレーな噂を耳にしたり(爆笑)


それもあって、僕が隣に来たときの空気感は面白すぎだった。


気をてらって、僕はわざとかしこまる。
隣の方に向かい
「えーっと、ご趣味は?」
と声をかける。

きょとんとした表情でしばらく言葉が無い。

「あ、え、読書です」

優等生回答が返ってきた。
なので、質問を続ける。

「一番好きな作家って誰ですか?」
「マルキ・ド・サドです」
「は?」


想定外の回答に今度は僕は固まった。
サド侯爵?

「マルキ・ド・サドって、あのサドマゾのサド?」
「はい」
どこが面白いのか?という野暮な質問はしなかった。
この勝負、僕の負けである。

「僕は、サドよりもバタイユの方が好きだな」
「ああ、眼球譚とか?」

もう、笑うしかない。

「そうだね、マダム・エドワルダのほうが好きかな」

以前より、一度はバタイユで一杯やりたいと思っていたのだが、こんな形で願いが叶うとは思わなかった。

そんな感じで、流れ的にバスティーユ牢獄とかフランス革命とサド侯爵の都市伝説とか他愛もないが、周りを置き去りにする話題で盛り上がった。

とはいえ、気がつくとスコット・フィッツジェラルドとか、まあまあ普通の娯楽小説ネタに落着していったが。

ちょっと驚いたのが、日本作家の話となり、僕が一番好きな作家として「倉橋由美子」の名前を出したときに、「聖少女」という作品名が即座に返ってきたときだった。
これまで、幾度かの読書ネタで会話をしたことがあったが、倉橋由美子を知っている人に出会ったのは初めてだった。

たまには飲み会に出るのも悪くはないな、、と思った日であった(笑)




***


表題は椎名林檎の「丸の内サディスティック」より。
デビューアルバムに収録されている。
丸の内①



椎名林檎の曲の中で一番好きかな。

タイトルは「マルキ・ド・サド」をもじってつけられているのかな?と個人的に思い込んでいる。
真意はわからない。

歌詞は関連性の無い言葉の組み合わせに聞こえるが、「ブランキージェットシティ」というバンドの浅井健一個人への敬愛を歌ったもの。
丸の内②


何にしても、林檎は大好き。


マルキ・ド・サド。
大概の人は読まないだろうし、読んでもただの変態小説にしか思えないかも。
丸の内③

それで良いと思うです。

フランス革命前夜、バスティーユ牢獄に投獄されていたサド侯爵が民衆に向かい「囚人を殺している!」と叫んだ事がトリガーとなったという都市伝説がある。
まあ、背徳の代名詞。

時代は違うがバタイユも、「死」と「エロス」を根源的なテーマにしている変態作家だ(笑)
丸の内④


倉橋由美子
中学の頃初めて読んで、それいらいのファンである。

村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を読んだとき、なんて面白いんだろう、、と思いながらも、倉橋由美子の「スミヤキストQの冒険」や
丸の内⑥

「アマノン国往還記」が僕の中で連想され、村上春樹はすごいなと思いながらもオリジナリティを感じない作家として認識してしまっている。
丸の内⑤


倉橋由美子は文学的要素が強い分、大衆作家として認識さていないのかも知れないが、晩年は小難しさがそぎ落とされ、少し僕のような大衆よりに傾向が変わっている。

単行本としては最後の作品となった「よもつひらさか往還」は、とても読みやすく優しい作品でお勧め。
丸の内⑦

タイトル通り「黄泉比良坂(よもつひらさか・・・日本神話の現世と死者の世界の境界にある坂)」を往来して進行する、ロマンチックな物語。


いずれの作家も「エロチシズム」をエレメントととしている。
ただ、倉橋由美子は耽美かつ幻想的で、フランス文学の先人とは一線を画す。

結局誰がお勧め?といわれれば、文句無く「倉橋由美子」です。
いらっしゃいませ
プロフィール

kakeru666

Author:kakeru666
-
子どもたちとのお出かけ記録。

これからの方々の参考になれば幸いです。

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