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魂の片割れにかんする一考察





恩田陸が直木賞を受賞したとのニュースを見た。

かねてより人気作家の誉れもあって、その名前は知っていたが、読んだ作品はあまり無い。

読んだ作品といえば、、、、

学校にまつわる不思議なしきたりを題材に、神秘的な謎が展開する「六番目の小夜子」
六番目の小夜子


あと、ただ歩くだけの物語ながらいくつかの謎と仕組まれた伏線で、長編であることを忘れてしまうほど一気に読ませる「夜のピクニック」
夜のピクニック



読後、ああ面白かったと思いながら、どこと無く物足りなく、それはいったいなんでだろう?と自分に問いかけると、なんとも清潔感漂う作品で中途半端なジュブナイルと勝手に位置づけてしまった為だった。

まあ、読み手など勝手なものだ。

そして、彼女の作品を再び手にする事は無いままだった。






彼女の名前を忘れかけた頃、時間つぶしに立ち寄った本屋で気になるタイトルを見つけ手にしていた。

「ライオンハート」
著者は恩田陸。
ライオンハート



ちょっと、ニヤッっとしてしまった。
このタイトルに少々弱い。
あらすじをろくに確認もせず購入した。
確認をしなかったのには理由もある。





「魂の片割れ」という考え方がある。
人はこの世に生まれる際、二つの魂に分かれて誕生するというアレだ。

恥ずかしい話、僕はこのテーマが好きだったりする。
断っておくと、妄信しているわけでは無く、素材として好みなだけだ。

信じているわけではない。
数少ない、僕の中の少々ロマッチックな部分。






幾度と無く、ブログ内で取り上げている「天野 月子(現名:天野 月)」

彼女の作品の中に「ハーフ」という曲がある。
献身的な思いを持つも、目の前にいる魂の片割れをどうする事もできないという切ない歌だ。

色々な人に知ってもらえたら良いなと思うお勧め曲のひとつ。

同じく彼女の作品に「ウタカタ」とう曲がある。
歌詞の中に、
「選ビ損ネタモウ片方ハ」
という一節がぐっとくる。


この作品は「箱庭」という曲との連作となっている。
文学的な匂いが感じられる好きな曲。
先述の「ウタカタ」はこの「箱庭」の五年後との設定だそうだ。
「赤いものしか食べない」という設定の女性が主人公(本人)で、本曲のプロモーションビデオの陰鬱な映像は、とりようによってはロマンチックなショートムービー。





話がそれてしまった。

そう、「魂の片割れ」話し。


テーマに関連する好きなコミックがある。

「日出処の天子」

ああ、知ってるよの声がしそうだ(笑)
作者:山岸涼子の代表作。

飛鳥時代。
聖徳太子と蘇我蝦夷(蘇我馬子の長男)の人間模様を描いたある意味問題作。

毎日新聞にてこの「問題性」を素材に、作品に対する攻撃的な記事が捏造された事件は有名だ。
※後日毎日新聞社が謝罪記事を掲載
日出処の天子


この作品も一つの魂が二つの生命として生まれ、そして交わらない運命を題材としている。




「ライオンハート」


悠久の時の中、めぐりあっては別離を繰り返す、一つの魂の物語。
エリザベスとエドワード。

まあ、正直この作品を押すのは少々恥ずかしいのだけれど、好きなので。
男の僕が口するには気が引けるが、かなりロマッチックだ。


「ライオンハート」のタイトルに興味がある理由。

イギリスのアーティストに、ケイト・ブッシュという女性がいる。


だいぶ昔のこと。
場所は新宿。

良し悪しはさておき、当時新宿にある輸入版や海賊版を扱うレコード屋に入り浸っていた時期があった。

いつものようにその日も行き着けのレコード屋で油を売っていた。
大概、店内では何かの曲が流されていたりする。


その日、店内に流れていた曲に僕は一目惚れ。
いや、ひと聴き惚れ(笑)

稲妻に打たれたような、、、なんて表現があるが、陳腐ながらまさにそんな感じ。
魂の片割れにめぐり合った衝撃だ(笑)


どうしてもその曲が知りたくてたまらなかったが、気の小さい僕は誰の何の曲で、誰が歌っているのかも解らないまま、お店の方に尋ねる事もできないでいた。
結局その日は、もどかしく思いながら、憂さを晴らすため、たまたま手にした誰だ解らないアーティストのアルバムを購入して帰ることにした。
所謂「ジャケット買い」

それがこれ。
ケイトブッシュ

ケイト・ブッシュ
「ランニング・アップ・ザット・ヒル」
今聴いても鳥肌が立つ魅惑的な曲だ。
ピンクフロイドのデイビットギルモアが驚愕し、ジェネシスのピーターガブリエルが大好きという彼女の歌声は驚異。


どこの誰だか解らないまま購入したアルバム。
自宅に帰ってディスクを再生。
そして驚嘆。

レコード屋の店内で、どうしても知りたくたまらなかったアルバムを僕は偶然手にいれていた。
狂喜乱舞した事は言うまでもない。


ああ、運命って、本当にあるんだな、、、なんて思った。


そんなケイト・ブッシュのアルバムの中に「ライオンハート」というのががある。
イギリスをこよなく愛し、イギリスを敬愛する彼女。
ライオンハートとは12世紀のイングランド国王リチャードⅠ世を称した言葉。
ライオンハート2






恩田陸の「ライオンハート」

タイトルの由来はケイトブッシュのライオンハートが由来。
あとがきにそう書いてあった。


そんな気がしたんだ。
なので、作品のあらすじを読まずに購入。
あの時、偶然手にしたケイトブッシュのアルバムとの運命的な出会いを期待していた。


魂の片割れは僕の好きな素材の一つ。

運命には理屈はいらない(笑)





本記事。
ビールを3本空けた後に書いている(言い訳)

どうだろうか?(笑)


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チャクラの練り方は教えてくれないが、鍛錬にはもってこいだ

● 名称:チビッ子忍者村
● 場所:長野県長野市戸隠3193
http://www.ninjamura.com/
● 開館時間:9:00~17:00
● 休館日:木曜(夏休み期間は無休)
● 入園料:大人1850円、子ども1630円
  共に入園料&施設利用券6枚
● 駐車場:無料
● 遊び時間:1日


実は蔵出しネタ。
二年前の夏、車中泊旅行の際立ち寄った場所。

とても面白い場所だったので、是非紹介したい!!と思いながらも、月日は流れ、、、、
ちょっと心残りだったので、文字通り蔵から引っ張り出してみた。


戸隠(とがくし)という土地にちなんで、「忍者」をコンセプトにした遊び場。
メインは大型アスレチックになるのだが、それ以外にもからくり屋敷や手裏剣投げが楽しめる。

イベントとしては忍者の衣装を着て遊べること。
興味があれば大人も変身できる。

実際、遊びに行かれる際は、この衣装をレンタルすることをお勧めしたい。
なぜなら、池におちるかもしれないから(笑)

ここのアスレチック、さりげなく難易度が高い。




※※※


忍者は子供に人気がある。
気を引くにはうってつけ。

以前、滋賀県の忍者屋敷に行った際、なかなか盛り上がった。
↓↓滋賀県忍術屋敷編
忍者屋敷⑫


本回は長野県戸隠。
伊賀、甲賀に並ぶ忍の里だ。

伊賀、甲賀と違い、戸隠は修行の場所であり、諜報要員として雇われては全国各地に散らばっていたそうだ。
格好イイ。


ということで、僕らはそんな忍者の修行場のある隠れ里「チビッコ忍者村」を訪れた。
全体感は下図。
地図


そして、ちびっこ忍者に変身だ。

せーの、ドン!!
ちびっこ忍者村①

衣装はレンタルできる。
大人用もある。

可能なら、衣装は借りたほうが良い。
理由はこれ
ちびっこ忍者村⑮

結構なお子さんが水没していた。
見た目ほど簡単ではないようだ。

あと、上の写真、よーく見て頂きたい。
手前、桶で水面を行く次男の後方。

縄を渡るお子さん達が見えると思うが、結構高い位置を行く。
これ、大人でも腰が引ける高さだ。

こんな感じで行くのだが、渡れず泣き出すお子さんも数人見かけた。
ちびっこ忍者村⑭

一応、必要以上に落下しないように保護網が敷かれているのだが、だからといって、途中で落ちたり、止まったりしても大人が助けてあげられない感じだった。

なので、泣こうがわめこうが、どの親も、お子さんを最後まで渡りきらせていた。
なんだか、楽しいのかつらいのか解らない(笑)
ああ、そうだった。
ここは忍者の修行場だった。
なら、諦めるしかない(笑)


アスレチックの作りは、全般的に大きい。
公園などによくあるタイプと比べると本格的だ。
ちびっこ忍者村②


とは言え、オーソドックスなものもあるので、お子さん受けはかなり期待できる。
ちびっこ忍者村⑬


忍者と言えば「屋根走り(笑)」
ちゃんと舞台は設定されている。
ちびっこ忍者村③

これもアスレチックのひとつだ。

また、楽しみ方はアスレチックだけではない。
時代劇のセットのような園内にある家屋。

実はこれ、ビックリハウス。
ビックリハウスは2種類あって、できればどちらもチャレンジをお勧めする。

見た目より、中の構造は広くて複雑。
ちびっこ忍者村④


いざ行かん!!
ちびっこ忍者村⑩

基本構造は「迷路」
さらには仕掛け扉などがあり、大人でも「???」となり、先に進めない箇所がある。

どうしてよいかわからず泣き出す子供もいたが、係りの人は「がんばれ!!」と声援を送るも助け出すことはなかった(笑)

ビックリハウスの中には、いくつかの部屋が用意されている。
その一つ、斜め部屋。
ちびっこ忍者村⑥


斜め具合が伝わるだろうか?
立っていられる人はほぼいなかった。
僕も同様。
足を踏み入れた瞬間、下まで転がった。


ほかにも、鏡の間や、滑り台なんかもあった。
すべて、迷路を進む工程で、個々をクリアしないと先に進めない。
ちびっこ忍者村⑪


紹介しきれないほどの仕掛けがもりだくさん。

おそらく、体験いただくと、「どんだけ広いんだ?この建物」となるはずだ。


子供ばかりが楽しんではいられない。
施設の中に、「忍」に関するあらゆる品々が展示されているミュージアムがある。
ちびっこ忍者村⑨


一言でいうと「すごい!!」コレクション。
ちびっこ忍者村⑧



なんでもありで、見ていて楽しい。
ちびっこ忍者村⑦


中途半端ではなく、徹底的に関連品が展示されている。
はっきり言って、子供をターゲットにしてないミュージアムだった。
お好きな方は狂喜乱舞すること請け合いだ。


遊びの締めは手裏剣投げ。
成績によってご褒美がいただける。
ちびっこ忍者村⑫


と、まあ、遊び所満載でとにかくお勧め。
楽しかった!!

ちびっこ忍者村⑤

現在の日本人の源は弥生人で、縄文人ではないそうだ、、が、まあ、どうでもいいか


年末の掃除やら、片づけやらの最中、古い写真を見つけてしばし物思い。

僕は大学時代、3年間程遺跡発掘調査に身を置いていた。
その当時の写真。
確か、大学3年生の頃だと思う。

発掘現場


向かって右端、半ズボンのイケ面が僕(大爆笑)
ボケた写真なので何とでも言える。


当時夢中だったのは、愛すべきFF駆動の「レビン」を乗り回す事。
BGMにヴァンヘイレンがあればご機嫌で、のんびりしたいときはバタイユの少々狂気的な小説で暇をつぶした。

大学に行くことはほとんど無かったが、不思議と4年で卒業はできた。
特別な事を望まなければ、悪くは無い日々を送っていたのだと思う。



思い返せば、人生とは不思議なもので、この当時、水泳に夢中な小学五年生の女の子と将来結婚することになるとは夢にも思っていなかった。

なんとなく過ごしていても、人生は案外ドラマチックだ。






そんな話はさておき、当時、いくつかの発掘現場を経験したが、いずれも縄文時代の遺跡だった。
発掘作業や測量なども行ったが、僕の主な受け持ちは土器の復元だった。
気の遠くなる作業は、意外と僕に向いていた。


個人的な意見なのだが、縄文文化は日本人として、世界に誇ってもよいのではないかと考えたりする。

小学六年生で習う日本史での縄文時代。

結った縄で模様をつけた「縄文土器」がつくられた時代で、狩猟採集で生活を行っていた。
一言で言えばそんな感じで地味な印象。

縄文時代の後に来る弥生時代の方が、稲作が行われ、定置生活から集落がつくられ、やがて国に発展し、神秘的な「邪馬台国」が誕生するという、割とポピュラーな感じなのかもかもしれない。


けれど、実際の縄文時代の土器のほとんどは縄結模様などはなく、神秘的で精神世界を感じさせる装飾が施されている。

特に縄文中期といわれる時期からの土器に施される装飾は、複雑かつ神秘的で世界史において類まれな遺物だと思う。

代表的なもののひとつ「火焔(かえん)土器」
縄文中期の土器だ。
火焔土器



この入り組んだ文様には意味があるとされるが、この当時の土器は他にもメッセージ色が濃い文様が施されており、縄文人の精神世界を具現化しているのだろうなと想像する。

実用性の高い弥生時代の土器に比べれば、使うことが目的ではないと想像できるほどダイナミックなデザインばかりだ。

こんな土器がゴロゴロ出てくる縄文時代。
意外と知られていないのではないだろうか?




縄文時代の代表的遺物に、「土偶」がある。

よく「埴輪」と「土偶」の違いはなんだっけ?的な話を聞くが、埴輪は古墳時代に作られたもので、死した主とともにお墓に埋蔵される焼き物だ。

このため、家畜や生活具、家臣らの像などが埴輪として作られ埋蔵される。


では「土偶」は?


土偶は縄文時代に作られた土製の人形で、主に呪術的な目的ではないかといわれているが、真意は不明なものだ。

多くは女性像となるが、作った後でわざと壊しているものが多い。
実際に出土する際も、完形品はあまりない。

この土偶も縄文文化が色濃くでた不思議な遺物だ。

女性を模したとされるが、写実的なものよりは、象徴的に表現され、ある意味芸術的要素がふんだんに取り込まれている。

数多くある芸術的な土偶の中で、代表的なもののひとつ「ハート型土偶」
海外では、遺物的価値よりも芸術的な評価の方が高くて有名。
ハート型土偶






先般、子供たちと旅行に行った際、どうしても立ち寄りたかった場所があった。
郷原駅。

群馬県吾妻郡にあるローカル線の駅。
個人的によく行く群馬にあって、ずいぶん前からこの駅舎が気になってしかたがなかったからだ。
よくあるローカル駅なのだが、駅舎が可愛らしく「どうなっているんだろう?」と興味があった。

郷原駅①



たまたま子供たちとその駅舎の前を通りかかった際、立ち寄ってみた。

小さな駅舎はもちろん無人。
改札は無く、出入りも自由だった。

驚いたのは単線ではなく複線だったこと。
郷原駅②



もうひとつ驚いたのが、先に書いた「ハート型土偶」の出土場所だったこと。
もともとは、この郷原駅整備の際出土した土偶との事。

郷原駅③


知らなかった(笑)


ということで、長男も六年になったら、行き先のひとつに歴史資料館を追加してみようと思っている。

取り急ぎ、縄文時代とは、縄で模様をつけた土器が作られた時代ではないことを教えないとならない(笑)



Don't Stop Believin




新しく年が明けた。

日付が変わっただけだよと斜めに考えたりもするが、志新たに思うのも悪くない。

子供たちは、少しづつ年をとることの意味を知るようになるだろうし、そのたびに何かの志を胸に思うようになるだろう。



「将来何になりたい?」


長男が幼稚園ぐらいのときに尋ねたら
「女の子」
と答えていたのが懐かしい(笑)



※※



僕の将来の夢は画家になることだった。

別に絵心は無い。
絵画に対する造詣もなければ、羨望もない。

ただ、理由だけあった。

そんな理由は、いつか機会があれば書き連ねたい。


さて、幼い兄弟。
君達は将来何になりたい?




※※


2007年。
フィリピンからアメリカに渡った一人の男性がいる。

男は12歳の時に母親を病気で無くし、残ったのは多額の医療費と幼い兄弟だった。
父親は健在だったが、残った家族を養うことはできず、その男以外の子供たちを親戚に託した。

12歳だったその男は、父親の負担を減らすため、在籍していた教会学校を退学し自ら家を出た。

その日から公園が住みかとなった。
日銭はくず鉄や空き瓶、古新聞を集めてはリサイクル業者に売って稼いだ。
そんな生活が何年か続いた。

母親が健在だった頃、よく歌を歌う事をせがまれたという。
ラジオでカーペンターズの曲が流れると、カレンの歌声に合わせて歌ったりした。

「ああ、僕には歌があるな」


やがて、歌を歌う事を生業とし、ケソン、オロンガボ、マティのクラブで歌う日々を過ごした。


月日は流れて、気がつくと、うた歌いとして40歳を迎えていた。



※※


ジャーニーというバンドがある。
曲を聴いた事は無くても、名前を知らない人は少ないのではないだろうか?
もしくはその逆か?
ジャーニー


ショービジネスにおいて、大成功を成したアメリカのバンドだ。

発端は天才少年と謳われたギタリスト「ニール・ショーン」を世に知らしめる為に作り上げらたバンド。
ニールショーン

しかしながら、アメリカのショービジネスで成功を成しえるには、どれだけの天才ギタリストだったとしても、華やかさをもったフロントマン=ヴォーカルがいなければ、バンドとしては成り立たない。

結果、ジャーニーというバンドはデビューから数年、泣かず飛ばずの冴えないロックバンドの位置づけから出ることはなかった。


※※

アメリカでのメジャーデビューを目前に、バンドメンバーの突然の事故死で夢途絶えたヴォーカリストがいた。

音楽を生業とすることをあきらめ、彼は農場で働く日々をおくった。

運命とは悪戯好きで、そんな彼のデモテープをジャーニーのマネージャーが手にする。

結果、当時のジャーニーのヴォーカリストはツアーの真っ最中に解雇となり、農場で働いていた男がツアー途中からヴォーカルとなった。

いわずと知れた、スティーブ・ペリーの登場だ。
スティーブペリー


※※



好き嫌いがきっちり分かれるかもしれないが、スティーブ・ペリーのヴォーカルは次元が違った事は事実だ。

豊かな声量に加えて、抑揚のある歌い方に特徴があり表現も豊か。
最大の武器は高音域になるほど透明感が増す声質。

もともとプログレッシブな要素を持っていたバンド、ジャーニーにとってドラマチックな楽曲を表現するにはうってつけだった。

そうして、ジャーニーは総セールス数8,000万枚のアルバムを売り飛ばすアメリカンドリームとなった。


けれど、このスティーブ・ペリーの功績は諸刃の剣でもあった。


※※


1998年。
スティーブ・ペリーは退行性骨関節疾患という病でバンド継続ができなくなってしまった。

そして、ジャーニーは後任のヴォーカルを雇うことになった。

気の毒なのは、類まれな声質を振るったスティーブ・ペリーの後任ヴォーカル達だ。
結局、歌が歌えるだけではジャーニーのヴォーカルは勤まらず、結果、ジャーニーは2007年活動停止を発表する。


※※

2007年。
フィリピンからアメリカに渡った男。
名前はアーネル・ピネダという。
アーネルピネダ


渡米の目的はジャーニーのヴォーカルになる事。

この100%アジア人の彼に対し、入国審査官は少々差別的な事を口にした。

「フィリピン人のあんたが何しにアメリカに?」

「ジャーニーのヴォーカルオーディションを受けにきた」

「は?。。。じゃあ、ホイール・イン・ザ・スカイを歌ってみろ」
ホイールインザスカイ


このアジア人、頭おかしいんじゃないか?
入国審査官はそう思ったかもしれない。
もしかしたら、その場に居合わせた人全員そう思ったのかも。

だからこそ、この曲をチョイスしたように思われる。

この曲は、かつてのヴォーカル、スティーブ・ペリー最初のヴォーカル曲だ。
憂いのある歌詞とメロディを抑揚のある独自の歌い方で、まさに曲を「表現」して、その名を知らしめた代表曲でもある。

↓↓スティーブ・ペリー版「ホイール・イン・ザ・スカイ」
   出だしを聞いただけで、スティーブの声質が特徴的なのがわかる


アーネルはリクエストに答えてその場で歌いだす。
ただ、最後まで歌わせてはもらえなかった。

入国審査官は彼のヴォーカルに驚愕し、あっさり入国審査を通したから。
↓↓アーネル・ビネダ版「ホイール・イン・ザ・スカイ」
   よくぞここまでスティーブペリーに喰らいついているなと関心する。
   高音域での声の伸び方はスティーブペリーに負けていない。



※※


スティーブ・ペリーを超える、もしくは同レベルのヴォーカル探しを断念していたジャーニー。

活動停止宣言の最中、キーボードを担当しているジョナサン・ケインは偶然見たユーチューブに愕然としたそうだ。

そのまま、ギタリストのニール・ショーンに連絡をしている。

「僕らのヴォーカルを見つけたよ。なんとフィリピンにいたよ」

ニール・ショーンもユーチューブを見て驚愕。

直接ユーチューブで歌う本人に、メールを送ったそうだ。

受け取った当人こそアーネル・ビネタ。
けれど、齢40歳を迎えた、十分に大人なアーネルは、たちの悪い悪戯にしか思わなかったそうだ。

結果、ジャーニー側は彼の知人に説得させるという外堀を埋める作戦に出て、なんとかアーネルをアメリカまで引っ張り込む事に成功。

「背が小さくて、かっこ悪し、なにより完璧アジア人の僕がアメリカの代表的バンドのリードボーカル?」

そんなふうに思ったんだそうだ。
これは僕の想像だが、バンドメンバーが認めても、おそらくはアメリカのファンからは認められないだろうと思ったのではないかなと。

けれど現在、彼は正式なリードヴォーカルであり、ワールドツアーもこなしている。
実際は、アーネル採用の経緯がアメリカでドキュメント映画になるほどの気に入られ方だ。


そしてアーネル率いるジャーニーは2017年2月に日本にも来るそうだ。
ジャーニー2


※※


ユーチューブをきっかけとしたサクセスストーリーは良く聞く話だ。

ただ、基盤となる才能やらなにやらは、見えないところでの努力とか、そういったもので作り上げられている。

あとは神様の悪戯心ぐらいなものだろうか?



さて、幼い兄弟。
君達は将来何になりたい?

何にだってなれるんだよ。
努力をすることと諦めない事ができるならさ。


そうしたら、神様には、お父さんから言っておくよ。
面白やつがいるってね。





いらっしゃいませ
プロフィール

kakeru666

Author:kakeru666
-
子どもたちとのお出かけ記録。

これからの方々の参考になれば幸いです。

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